がくしだったりマイクロだったりすぎもとだったりするひとのメモとか。

映画『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』(監督・山崎貴)

おお ドラクエ! しんでしまうとは なさけない…。

この夏の(あまりよくない意味での)話題作、ドラゴンクエストの映画を観てきたので、ぼくもそっと感想を置いておきます。

限りなくハードルを低くして臨んだけど、やっぱりダメでした。

まず、あらかじめこの映画にはあまりいい予感はしてませんでした。観たことはありませんが、監督の既存の映画の評判がぼくの好みでは無かったからです。まあ、それでも、原作の力があれだけあるのですから、よっぽどねじ曲げでもしない限り、完全に外れることはないのかな、という程度の予断を持ってましたが、公開後に聞こえてくる不穏な感想をなんとなく目にするにつれ、これはハードルを相当下げて見に行かないという気持ちになってました。

で。観てみたんですが。

「は?」

ネットには説得力のある批判的なレビューも既にたくさんありまして、ぼくのいいたいことは大方網羅されてそうなので、そこについては書かないことにしますが、到底納得できるものじゃなかったですね。「お話しの整合性がとれていれば面白くなるわけではない」という気持ち。映画が始まったときの幽かな違和感は確かに解消されますが、それはまったく面白さと無関係だったという。ミステリ読みとして伏線回収は正義だと思っていましたが、そんなことはないんですよ。確かによく考えてみれば別にそんなわけないです。逆に言えば破綻してても面白いものはたくさんありますからね。

ダイの大冒険とか、他にも映画化されたドラクエはありましたが、ナンバリングタイトルをまっこうから原案として映画化された初めての作品です。この出来はあまりにも悲しい

他の方の感想であまり言及されてない視点として、ぼくが言及しておきたいことがひとつあって、それは「YOUR STORY」の部分です。ドラクエという国民的RPGの映画を撮るとなったときに、これがゲームであることは大きい。となると、たぶん多くの制作者はドラクエの「体験」をどうするか、ということを考えざるを得ません。そういう意味ではこの監督はそこにはちゃんと向き合おうとして、いちおうなんらかの答えを出そうとしているのは確かです(だからこそ引き受けたのかなとも思う)。ただ、それだけなんです。確かに答えを出してきてるんだけどねえ、それもうやってるんですよね。

それは、「ドラゴンクエスト・ライブスペクタクルツアー」というドラゴンクエストの舞台です。

microstory.hatenablog.com

この感想で、ぼくは「勇者の冒険物語ではなく、プレイヤーのための物語」と書きました。そうなんですよ。この YOUR STORY でやろうとしていることはすでに「ドラゴンクエスト・ライブスペクタクルツアー」で、やってるんです。ドラゴンクエスト・ライブスペクタクルツアーという舞台は「なまえをいれてください」からはじまる、ドラクエの体験をそれぞれのプレイヤーの思いと重ね合わせることに成功した素晴らしい作品でした。

ここから映画の方の、結末に言及します。

『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』も同じように、「あなたの」体験をテーマにしようとしています。ただ、そのアプローチは稚拙としか言い様がありません。「世界は誰かによって作られている」という手垢の付いた枠物語を用いて、これがプレイヤーの体験であることを表現しようとしたと。体験をそのままVRによる体験でしたーなんて、これほんと非常に安易だと思いますよ。

ウィルスなるものもチープで何の背景も感じられないし、それが「ロトの剣」の形を取るなんてのも必然性に乏しく、ドラゴンクエストのイメージの安易な流用にしか見えません。急にしゃべりだしたスライムに言葉で説明されたって、腑に落ちるはずもありません。なんでドラクエ5だったんですか。という答えも作中からはまったく感じられませんでした。「ドラゴンクエスト・ライブスペクタクルツアー」が観客に対して沸き起こしてくれた「体験に共鳴するドラクエ」がそこには全くなく、単に「こう言う設定でひとつよろしくお願いします」という「説明」が降ってくるだけの展開です。しかも、そのあと、結局、このメタフィクショナルな展開は放り出されたまま、なんとなく感動できそうな雰囲気だけで映画が終わってしまう(外プレイヤーはどうなったんですか)。理屈を付けてるように見せて、結局雰囲気が出したいだけじゃん。

……とまあ、いくらでも気にいらないところは思いつきますが、先に書いたようにすでに多くの否定的なレビューとおなじことになりますので、あまり多くは語りますまい。

いくつか、他のレビューで書かれていたことで思ったことも書きつらねておきましょう。

この作品が「作り手にばかり向いて作られている(からズレてる)」という指摘もみました。これはこれであまりピンときてないです。「しょせんゲーム」とか「こどもだまし」みたいなことをさんざん言われてきながら、ゲームと向き合ってきた世代のクリエイターさんも居ることでしょう。ただ、もうだいぶ経って未だにその言葉を何か解いて欲しい呪いみたいに抱えてる人たちがそんなに居るものかなあ。むしろ今の時代になってそんなことも言われにくくなったよね、みたいな気持ちだったりしませんかね。いや、確かに監督がそれを勘違いして作ってしまったという可能性は否定できませんね。うん、何かを勘違いしてこの作品を産み落としてしまったのは確かなんですから。

堀井雄二というドラクエファンからすると神さまのようなクリエイターが、この物語に何故ゴーサインを出したのだという疑問も目にしました。しかし、ぼくにすると堀井さんってつねにドラクエの中心に良すぎたせいか、世間がドラクエにもってるイメージに対してかなりズレてると感じてます。天然の天才だった堀井さんは自らドラクエらしさを無自覚に作り出すことについては天才でも、他クリエイターが出してきたドラクエにまつわる制作物にOKやゴーサインをだすのは向いてないんだなと思っています。ぼくはドラゴンクエストの謎解きイベントのラストで、ふっかつの呪文を有料で販売することを許可したのを見て以来、堀井さんが他のクリエーターが作ったドラクエ関連物にOKしたこと、についてはもうなにも期待しないと誓ってます。

細かいところをいくつか。

  • ゲマは全編を通じて良かった。造形もキャラクターもとってもいい。ただシーンを改変するなら、パパスの死と主人公の石化は「親子」テーマの相似形をもっと見せつける演出にするのが良いのに、とか思った。というか、モンスターのCGは嫌いじゃないです。ブオーンも良いよ。キラーマシンとかさ。
  • 主人公が軽すぎる件については許容範囲。勇者だという期待を軽やかに裏切られる、という葛藤も悪くないと思いましたよ。
  • クエストの連呼はほかのブログでも指摘されていますが、これはぼくも気になった。クエストってなんだよ。ドラクエ5の段階でクエストなんてものは未分化の概念でした(予断ですが、クエストが作中に強く意識されたのはドラクエ7の石版システムだと思っていて、ぼくはこの細切れのクエストについてはフジゲルこと藤澤仁さんの功罪だと思っております。まあ、それはまた別の話)
  • 結婚シーンの改変も、謎の自己暗示部分を除けば、フローラとビアンカの両方にスポットを当てるようなバリエーションとしては悪くないと感じました。ただやっぱり説明だけで押し切ろうとしすぎなのですよね。あれをちゃんと背景から丁寧に描けば良かったかも知れませんね。尺はまったく足りませんが。
  • 曲がドラクエ5を飛び越えているのはぼくはまあアリかなとおもいましたが、かならずしもマッチしてないと感じるところは確かにありましたね。エンディングもちょっとね。

まあ、そんなかんじでした。おつかれさまでした。