がくしだったりマイクロだったりすぎもとだったりするひとのメモとか。

感情に沿わない言葉を言わされることについて

子供たちが卒業を向かえましていろいろ行事が多くて調整が大変です。

まあ、それはいいんですけど、式みたいなのに出ると、まだやってるんですよね。

「絆がふかまった\運動会/」みたいなやつ。

これをやらないと式次第が短くなりすぎて困るんでしょうかね、やめたらいいのに。ここで「言わされる」言葉が、生徒一同が必ずしも感じている言葉ではないことは誰もが分かっていることでしょう。もちろん感じている子も居るでしょう。しかし、全員がそう思ってるとでも? なのに、それを言わせている。これはべつに偽悪的に書いているわけじゃなくて、そんな児童の感情と乖離するような言葉を言わせるのは良くないと思うんですよね。

ぼくはダイバーシティっていうことばを知ったときにこれだ!と思ったくらい多様性というのが素晴らしいと思っていて、いろんな行事に対する子供たちの熱量はそれぞれ違ってて、なんだったら否定的なものであってもぜんぜん良いと思ってますから、それをさも全体の相違であるかのように言わせることには、非常に違和感があります。

自分の感情と違う言葉を口にすることは、これはものすごい後ろめたいことですよ。たとえ、儀式の呪文のように今はもう意味が失われつつあるものだとしても、はっきり日本語で意味が取れる形で発信されているものを、内容に意味はないから気にする方がおかしいと言うことはぼくには難しいです。

ちなみに、そういった理屈とは無関係に涙腺は刺激されるので涙ぐんだりはしますが、それとこれとは別です。涙を人質に取らせるわけにはいきません。ああいうのは、止めてほしいものです。