がくしだったりマイクロだったりすぎもとだったりするひとのメモとか。

フィリップ・ジンバルドー『ルシファー・エフェクト ふつうの人が悪魔に変わるとき』(海と月社)

なかなかヘヴィな読書体験でした。いろんな意味で。

ひとつはもちろん、その厚さです。ページ数800超、1段組みで文字ポイントも比較的大きいのでボリュームは厚さの割にはないとはおもいますが、物理的に読みにくいです。構成としても、前段にスタンフォード監獄実験があって、幕間的なまとめがあったあとに、アブグレイブ刑務所の事件、それから最後に少しだけ明るい話題が語られる、という構成。監獄実験と刑務所が大きく全体を2つに分けている構成なので、これは上下巻に容易に分けられるとおもいますね。文庫になるかわかりませんが、仮にそうなったら上下巻になることは間違いなさそうです。

ルシファー・エフェクト ふつうの人が悪魔に変わるとき

ルシファー・エフェクト ふつうの人が悪魔に変わるとき

ヘヴィというのはもちろんその内容も、です。本書はかの有名なスタンフォード監獄実験を計画した心理学者自身がその実験の振り返りと、その後、イラクアブグレイブ刑務所で起きた囚人虐待事件を通じて「悪」を解剖していく本でした。

スタンフォード監獄実験というのは、人が監獄のような人権を制限するような場所でどう振る舞いを変えていくのかを知るするため、アルバイトで雇った学生を、囚人役・看守役にわりふって、疑似監獄で生活をさせ、その様子を観察する、というもの。いまとなっては(当時も?)実験といえど社会的に許されるような気がしない人体実験であります。この実験はその結果も含め衝撃的で、いろんなところで言及されているのを見ます。「es」という映画にもなりました。

結論を書いちゃいますと、人が悪に染まるということは、環境によって簡単に起きえる、といっていいんじゃないでしょうかね。

ランダムに割り振った学生たちは、そのロールにあっさり取り込まれ、やがて、善良な位置学生であったはずの看守役が非人道的とも言える行動を、わずか2日でとりはじめることになります。囚人役もこれが実験であり、自由意志を持って辞めることができるという原則をあっさりと放棄し、看守役のとる行為に、あくまでも囚人の範囲として対応するまでになります(反抗的であったり、服従的であったりはしますが、実験そのものを無効にするような行動はしていない)。いっぽうで、観察者として実験をデザインしていたはずの著者ジンバルドー自身もこの実験の陥穽にはまり、社会的に問題があると思われるラインを超えた行動が起きているのに実験をとりやめる決断が遅れてしまいます。ぼくは著者自身が実験の中に取り込まれてしまったところに底知れぬ恐ろしさを感じます。

人は環境によって容易に悪とされる行為のハードルを下げ、そこに取り込まれてしまう。スタンフォード監獄実験自体は聞いたことがありましたが、本書でその詳細がまるで小説かのように時系列順に語られるのをリアルに読まされると、自分が囚人役にも看守役にもなったかのような錯覚を覚え、かつ、自分もまたおそらく同じ環境下では同じような行動を取ってしまうだろうと思うと恐ろしさを禁じえません。ここで「自分はそうならない」と思える人は、なかなかすごいとおもいます(相当意思の強い正義感か、ただ自分を知らない無根拠の自信家でしょう)

とまあ、監獄実験の章から面白く読み始めたわけですが、内容の恐ろしさと同時に、少し気まずさもあります。これはフィクションではなく、実際に学生たちが体験したことだからです。実験という名目でひどいめにあった人が実際にいるわけです。これについてはジンバルドー教授自身、実験の反響を述べた章で検討しているのですが、ちょっと自省が薄そうに感じ、気になりました。そもそもが倫理的に問題ありそうな実験だというのは読んだ人ならわかることでしょう、そのうえで実験者が実際に問題行動を引き起こすまでに至ってるわけです。これを教授は「絶対的な倫理」として問題があったということを認めています。が、続く章で「相対的な倫理」については、功績を述べるばかりでほんとに真剣に考えているのだろうかと思ってしまいました。おこなってしまったことをなかったことにはできないし、実際に得られた知見は活用するべきですが、この実験のデザインに色々問題があったこともやはり大いに反省すべきでしょう。そのように見えるのが言葉の綾(あるいは翻訳によってニュアンスが伝わりにくかった、とか)であればよいのですが……

幕間ではいま書いた倫理的な考察だけでなく、続く類似の実験への言及、この実験の影響についても多く紹介されています。そして、本書の二つ目の山「アブグレイブ刑務所」の事件に入っていきます。イラクにあった刑務所で起きた、米兵による囚人虐待事件。この事件についても、かなりのページを割いています。前半のスタンフォード監獄実験はデザインされた実験だったので時系列の記録がかなり細かく取られていました。しかし、刑務所の事件は実験ではありません。起きてしまった悲劇です。なので、時系列や人物たちの心境はあとから記録をもとに再構築せざるを得ません。なので、ここは前半の小説的な展開とは違い、史学のようなかたちで記録を紐解きながら、実際に何があったのか、だけでなく、発覚後にどうなったのか、というところまで丁寧に言及していきます。

実際に看守がふざけてとった写真も掲載されていて、非常に衝撃的なので、虐待などのフラッシュバックの可能性がある方にはまったくおすすめできない章になっています。人が人として扱われなかったことをたった数枚のポートレイトが証明しています。

ここで教授はなぜそんな事件に至ったか、というのを監獄の置かれていた状況、それは戦況もそうですが、軍がそのときどんな組織になっていたかをひもといていきます。いくら組織やシステムが悪を生み出すと言うっても、行為を行った軍人たち個人の罪がきえてなくなることはありません。そういう意味で、軍人たちはそれぞれに裁きを受けて服役しましたが、ジンバルドー教授は彼らの行為を「もともと素質をもっていた特殊な人間が犯した例外的な事件」ではないということを述べ、そのシステムの欠陥を作り出した人間たちを名指しで批判していきます。その矛先は、組織をしだいに登り、最後には当時の大統領、ジョージ・ブッシュにまでたどり着きます

とまあ、そうとうやりきれない内容が続くのですが、最後に明るい話題を出すということで、ひとびとの英雄的な行動に光を当てます。悪をなすシステムはまた、英雄を生み出すシステムになるかもしれない、というところでしょう。しかし、作者の意志に反して僕はこの章をあまり明るい気持ちで読み進めませんでした。悪を生み出すメカニズムについては、それ自体こうだと一言で言えるものではないものの、紹介された多くの実験から、あるであろうと感じさせる物になっていて、実際作者の狙いはそうなっていると思いますが、いっぽうで英雄的な行動がシステムによって生み出された例というのはあまりにも脆弱で、その条件を書き出してくれているものの、まるで実感を伴わない標語の羅列みたいなことになっています。最後の章だけを割いてバランスを取ろうとしても実例はともかくその分析がこれでは無理があります。ぼくはむしろ悪はシステムで生まれ、善は持って生まれるしかないのか、とむしろ絶望的になってしまったんですけど……

読書体験としてはかなり得るものがありましたが、心理的にはかなり疲弊する読み物です。ともあれ、こういったことを知っていると、世間で起きている悪事の多くは環境に変化を与えることで減らせるんじゃないか、ネットで容易に発散できてしまういきどおりはもともと不要なものなのではないのか、なんてことを考えるようになります。うかつに勧めづらい分厚さではありますが、おすすめしておきます。