がくしだったりマイクロだったりすぎもとだったりするひとのメモとか。

ワンナイト人狼と人狼ビギナーズの件を見て感じたことメモ

議論も出つくした気がするし、今更整理はする必要も無いかとは思いますが、人によって評価が異なるこの件について、いま自分がどう考えてたかという感情メモを書いておきたいので、そっと置いておきます。むやみに長いので読まなくて良いです

感じたこと

この話は著作権保護のような法的には別に問題なくて、あとは信義みたいなものだ、というのはわりと広く合意が取れてると思います。なんというか、これについては双方に悪手を打ってる感じがあるとおもうんですよね。どちらかに強い悪意があるとは思わないけど、そっちがそういう態度ならこっちもやってやろうじゃないか、みたいなボタンの掛け違いがあるように思います。

人狼ビギナーズ側は、TakeTaleTable | 商標出願について で事情を説明しています。これ、ぼくは釈明のためにあえて言わないようにしていることがあるように見えるので印象があまり良くないです。ここを読むと「人狼ビギナーズ側はワンナイト人狼を知らずにつくったら似てしまった」とは主張していません。はじめは「ワンナイト人狼は知っていたが、ルールがまったく違うと判断して出した」と主張しているのかと思ったんですが、そうとも言ってない。ただ違うものだと主張しているだけで、作り手が「ワンナイト人狼を意識していたかどうか」についてまったく触れてないんですよね。これはちょっと不誠実な気がします。作り手の思いについて法的な話からすればどうでもいい視点かもしれませんが、そもそも法的には別に問題ないというところではすでに合意が得られてるわけで、むしろ信義についての感情を説明するためにそこは書いて欲しかったです。

ちなみに、最初に「ワンナイトルール」という名前を1回ルールにつけてしまった時点で、意識を全くしてなかった、というのはさすがに無理があるとは思っています。ルールのところでこのルールが、ワンナイト(一晩)ではないということを多く主張しているのに、わざわざそこと乖離したこの名前を持ってきているのは、つまりワンナイトという言葉が何かそれを説明として使うことで有利なことがあったことをむしろ明らかにしてしまっているように思えます。

ただ、ワンナイト人狼側がこの名前に反応していきなりライセンスの話を持ってきてしまったこともややこしさを増してるように外部から見えます。法的には問題ないという前提(はわかってるはず)なのにライセンスという、別の視点での法的な話が突然突きつけられたので、じゃあ、ちゃんと商標登録しますよ、という流れになったように見えました。ここは実際にどういった文言でのやりとりが行われたのか外部の人間にはわからないのですが、なんだかこの初手の対応で人狼ビギナーズ側がさらに態度を硬直させてしまった感じがある。

ワンナイト人狼側はここまできてこの件について情に訴える形でTwitterに投稿します(多くの傍観者はこのツイートでもめごとを知りましたよね)。これは実際にどういう交渉を行ったのを曖昧にしているので過度に同情を誘っているようにも見えます。さらに脊髄反射して攻撃的な行動を取ってしまった方々も(Amazonのレビューとか)ちょっと勇み足が過ぎる気がします。

もっとも、人狼ビギナーズ側が少し批判的な方々をブロックしはじめ、くだんの文書を出すまでボードゲームファンの方々との対話を拒絶してしまったのは、行動としては別に自由でそれこそ好きにして良いですし、過度に批判されたことでナイーブになるのも分からなくはないのですが、これがもともと「感情」の話であることをふまえるとやはり印象が良い行為ではないように感じます(なお、いまはもう消されてしまったようですが、ワンナイト人狼に否定的なレビューが、もめごとと前後して書かれ、そのレビュアーがビギナーズ側の方を思わせる者だった、という話があったようで、これを人狼ビギナーズ側の行動だとほぼ断定している方も居ますが、これについては何処まで行っても推測でしかないので、ぼくは採用しません)

その後、人狼ビギナーズは文書をいくつか公開して状況説明をしてくれました(納得は出来ないところがありますが説明してくれたことは評価できる)。ワンナイト人狼側は最初のツイート以外に説明がありません。これはこれでワンナイト人狼側の心証もよくないです。どういった理屈でライセンスの申し出に至ったかなど、改めて説明も欲しいところです。もちろんするしないは自由ですよ。ただ、先にも書きましたがこれは心証の問題なので、あー、こっちはこっちの言い分を説明しないのですね、と思うだけです。

まとめると「人狼ビギナーズ側に大きな悪意があるとは思わず、過度に叩かれてしまったことについては同情を感じるが、対応に不誠実さを感じるところもあってトータルではあまり良い印象ではない。一方のワンナイト人狼側もここまで反響があるのならもう少しなんらかの事情説明をして欲しい」というのが現時点でのぼく個人の感想です。

ルールの類似性について

個人の感情メモとしては上記だけで良いのですが、ルールの類似についても思ったところがあって、それが気持ちとして影響を与えているのは間違いないので、そのことについても記しておきます。というのも、ワンナイト人狼側は、この「ワンナイトルール」と名付けられたルールに類似性を感じ、かつ、その名前を付けたことに反応してライセンス契約を申し出たと考えられます。なのでルールの類似性の検討はどちらの心情に肩入れしたくなるか、について(ぼくには)大事なことなのです。

まず、最初に、そもそもワンナイト人狼だって、人狼ゲームからのパクリじゃないかという意見があります。これには一定の説得力があると思いますが、ぼくの感覚としては、これは「旧来あった人狼ゲームを1回で終わらせるようにゲームをアレンジしたこと」についてのアイデアについての争いである、と考えてましてアレンジそのものの独自性に価値を見ています。なので、ぼくはワンナイト人狼側の独自性主張にはさほど違和感はないです。なので人狼ビギナーズの1回ルールが、そのアレンジ部分に独創性を感じるものであったならまた印象は変わっていたと思います。この価値についてはたぶん人によって大きく異なることでしょう。

「そんなのだれでも思いつくだろう」と思う人は、Twitterで観測した範囲だとそこそこいます。こちらは人狼ゲームからのアレンジ」の差分を小さく見積もっているので、人狼ゲームの延長線であることのほうに価値を重く見ているわけで、そういう方はワンナイト人狼側の主張は理解しづらいと思います。いっぽうで伝統的ゲームにたいして「ワンナイトで終わらせること」を考え、それをルールとして整備したこと自体がすごい発明なんだ、という意見(これも観測範囲ではけっこういますよ)もあって、当然こちらはワンナイト人狼側に同情的です。どちらが正しいか、これはほんとうに感覚でしか無くて、片方に断定することができるようなタイプの価値判断ではないというのはひとつのポイントかと思います。

ということで、他人はともかくぼくの意見では、根本のアイデア部分で「類似性がある」です。さらに細部について検討していきます。

TakeTaleTable | 説明書公開とルール説明 という文章において、人狼ビギナーズ側はワンナイト人狼とはルールに「大きな差異がある」ことを例を引いて主張しています、これについて検討してみます。

  • 「じっくり定番ルール」がメインルールであって「一回ルール」はあくまでもサブ

これはアイデアの類似性判定には全く関係がありません。サブだろうがメインだろうがアイデアやルールが似ていれば似ているという話です。

  • GMが必要

これも類似性とはあまり関係なく、ワンナイト人狼でもGMいりでやることはできますし、人狼ビギナーズ一回ルールでGMなしにするのも可能です。

  • 「話し合いをして追放」を1回だけするというものであり,昼や夜の概念はない

「昼や夜の概念」はゲームのフレーバーでしか無いので、ルール上それがなんと呼ばれているかはあまり大事だと思いません。ワンナイト人狼は最初に行動する部分を元々の人狼からの引用で「夜」としていますが、ビギナーズの一回ルールの最初の役職確認を「夜」と呼んでも別にゲーム性は何も変わりません。これは当初、人狼ビギナーズ側が1回ルールの説明に「ワンナイトルール」とつけてしまったことがむしろそれの裏付けになってしまっています。

  • 能力使用は占い師のみ

これは差異とはいえるかもしれませんが、これは単にワンナイト人狼の役職を減らしているだけで、ワンナイトをアレンジしたという主張とは対立しません。占い師が「人狼と市民以外の逃走者を判断できる」というのも、人狼ビギナーズ1回ルールになったときに新たに出てきたルールですが、これは、GMを不要としたワンナイト人狼ではカードそのものを見ることができるということで実現しているので、この占い師は「ノーマル人狼の占い師」より「ワンナイト人狼の占い師」に近いです。唯一の違いとしては、「余ったカードを見ることができない」という違いはありますが、これもむしろ制限を掛けてるだけです。

ちなみにワンナイト人狼の「魔女っこ(ぼくの持ってる版だと「魔女」になってる)」は余剰カードが見られない、まさに一回ルールの占い師と同じ能力を持つ役職のようですが、さすがにこれはマイナーな役職かと思うのでそこで類似性を指摘するつもりはないです。

  • 物音をならす行為はない

物音を鳴らすのは物音で夜の行動が聞こえなくするようにしているために導入されるもので、ノーマル人狼でもやっているところは多いです。これもルールの差異として取り上げるほどのものではまったくないと思います。

  • 新役職の「逃走者」があり、「追放されたら勝ち」という勝利条件がついている

ワンナイト人狼の「吊人」と同じです。ワンナイト人狼側の初出はモンスターVerという特別版ですが、アプリなどでは盗賊と並んで標準の役職として選べる定番の役職になっているかと思います。これは、むしろ類似性を感じる役職です。この「吊人」はノーマルの人狼では「皮なめし職人」という役職で入っているカードセットもあり(「てるてる」という役職も最近の人狼で見られますね)役職自体はワンナイト人狼の発明ではありません。ただ通常の人狼で「皮なめし職人」はあまり上手く機能しないこともおおく必ずしもメジャーな役職では無いと思われますが、ワンナイト人狼においてはこの役職はかなり上手く作用します。数あるノーマル人狼の役職の中からこれを採用したこと自体が、ワンナイト人狼のアイデアのひとつだとぼくは思ってます。

  • プレイ中役職欠けは1枚のみ

ワンナイトで終わらせる工夫として、「必ず役かけを生じさせる」こと自体がワンナイト人狼のアイデアのひとつと考えます。1回ルールの1枚欠けはただそれをシンプルにしただけともいえます。

ということで、ワンナイト人狼側のアイデアとしてある程度オリジナリティがあって、かつ人狼ビギナーズにも採用されているとぼくが考えているアイデアは、以下の当たりでしょうか。

  • ゲームは一回の議論で終わる
  • 必ず役欠けを生じさせるようにカードを多く配る
  • 占い師は人狼かそうじゃないかでは無く、役職が分かる
  • 吊られたら勝利する役職をあえて採用している
  • 全員一票だった場合吊りなしで終わる(平和村)がある

いっぽうで考察すべき両者の「差異」は(いちぶ人狼ビギナーズがとくに主張してない違いも入ってます)

  • 役職数 ワンナイト人狼:たくさん 1回ルール:3つ限定
  • 占い師が配り余ったカードを見られるか ワンナイト人狼:見られる 1回ルール:見られない
  • 配り余ったカードの数 ワンナイト人狼:2枚 1回ルール:1枚
  • 投票同数の処理 ワンナイト人狼:ない(両吊り) 1回ルール:ある(決戦投票) 

などがあげられるとおもいます。

これらの差異をもって「大きな差異と言えるかどうか」は、これまた読む人によって異なるかも知れません。これもTwitterで見る限りルールを読んだひとによって感覚がだいぶ違います。ぼくは大きな差異とは感じませんでした。仮に「人狼ビギナーズ1回ルールにワンナイト人狼とはまったく外れた独自のルールを導入」という要素が感じられればそこは差異と言えるなと思えるのですが、今のルールだと単にワンナイトから要素を減らしたりシンプルにしたものでルール上の差異は薄い、と感じます(なおそれがゲームを面白くしているかどうかも疑問なんですが別にこれは今は問題ではない)それでも差異は差異だという意見もあるかとはおもいます。どれくらいの差異があれば批難に値するか、についてもひとそれぞれでしょう。

まあ、差異についてのぼくの感触はこんなところです。こちらも程度問題ですから、何が正しいと断じるのは難しいわけです。にもかかわらず、似てる似てないを強い言葉で断定したうえで、どちらかを悪く言いつのる意見についてはぼくはちょっと同意できないかなぁといったところですかね。

ワンナイト人狼

ワンナイト人狼

人狼ビギナーズ 初心者向けのスターターセット

人狼ビギナーズ 初心者向けのスターターセット

佐藤りえ『景色』(六花書林)

短歌をされている方として知り合った佐藤りえさんが句集を出されたと聞いて楽しみにしてました。

景色

景色

旧かな有季定型であり(もっとも無季は結構ある)、過度に奇をてらってもいない、かといって、ただ佇まいがよいだけで後に残らないというわけでも無い、とても難しいことをさりげなくやっていて、非常に憧れる句が多かったですね。「すべてのクリーチャーに捧げる俳句集」と帯にあるけれど、こころの通ってないものに対するさみしさと愛おしさみたいなものを感じます。

いくつか句を引用しつつご紹介

佐渡島「飛沫がすこし気持ちいい」

奇をてらってないと言いつつも最初に取り上げるのは無季かつ、かっこあり、という「奇をてらってる」側の句のうちのひとつ。でもこれは成功していると思います。

佐渡島が動かないんですよこれ。佐渡島って本州に近いせいか、かなり存在感と親近感があるけれど、島は島で肝心なときには何となく疎遠にされている感じがあるんですよね。そこが「少し」に出ています。たとえば「隠岐の島」なんかは似た位置にいるんですが、島流しのイメージが付いちゃうので、そこはフラットな佐渡島が良いわけです。他にも島はあるんだけど、大きすぎるか、遠すぎるか、知名度が低すぎるんじゃないでしょうか。

アストロノート蒟蒻を食ふ訓練

帯にて引用されている句だがこれも良いですね。本句集には宇宙ぽいテーマの句がけっこうあるんですが、だいたいよい。宇宙飛行士といわずにアストロノート、と書くと少し間抜けな感じが出てきますが、それが蒟蒻という気の抜けた物体、そしてなんだかよくわからない訓練に繋がっていく感じがあります。宇宙の「わからなさ」も内包している。

横浜も新横浜も驟雨かな

○○という地名があって、それに新がついた新○○という地名がある、これって横浜に限らずいろんなところにあると思いますが、そこは地名を並べただけなのに歴史があって時間の流れが強く感じられます。驟雨はにわか雨ですが、その時間の流れのなかにさっと雨が降っている様子が出てきています。また地名自体に深みが無くて都市の名前をさっぱりと読んでいるだけなので雨なのにどこかドライな感じがあって面白いです。

バスに乗るイソギンチャクのよい睡り

「よい」が良いのですこれは。バスに乗ってゆられているといつしか眠くなってきて、世界と自分との境目が曖昧になっていくわけですが、それがイソギンチャクという言葉と実に上手く合っています。

凍鶴を引き抜く誰も見てゐない

動かない鶴を凍鶴といいますが、これはかなり季語らしい単語だとおもうんですね。季語らしい単語ってちょっとレトリックすぎる感じがあって面白いんですが、ぼくは使うときにちょっと衒いがある。そのちょっとしたレトリック感を「引き抜く」というファンタジーとして処理したところがよく、さらに「誰も見ていない」ことによる現実と空想のあわいをよくあらわしているいい句だとおもいます。 その他良いと思った句を羅列しておきます。冒頭で書いたわりには思ったより選んだ句は無季が多かった(汗

開かれるまでアルバムは夜の仕事

蓋という蓋に地獄と書いてある

踊れない方に加はるクリスマス

兔道歩いて行くの裁判に

エクレアを寄ってたかって割る話

生存に許可が要る気がする五月

中空に浮いたままでも大丈夫

炎天の隣の駅が見える駅

灰皿に画鋲混ざつてゐる良夜

灯りからひかりが逃げる西鶴

閉ぢてなほ明るき青果店に冬

抱きしめてやれぬストーブを点ける

冬山に人工知能凍ててをる

盆の窪押されて春のこゑが出る

首か椿か持てない方を置いて行く

『第二十七回 文学フリマ東京』に参加してきました

はい、恒例の文学フリマでした。タカスギシンタロと2人で、「超短編マッチ箱」で出店してきました。新刊は、タカスギシンタロ+松本楽志「超短編・秋 たつたひめ」と、タカスギシンタロ「PONGPOKKO森のなかまたち」です。

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いつものように突貫工事になる作品集。作品自体はちょっとまえにそろっていたんですが、レイアウトが終わらず。イラストも発注する暇が無かったのでレイアウトしながら自分で書くという……しかし、これでも出来ることが証明されてしまい、ますます短納期に……なんだこれは。

出店者数はこれまでのなかで最高だったそうです。前回は悪天候だったこともあり、のんびりした空気が漂っていましたが、今回は明らかに人出が多かった感じはします。ただ、ブースの場所が違っていたので、通る人の流れが違っていて純粋には比較しづらかったんですが、実際に売り上げを観てみると、いままでになく新刊が売れなかった回でした。ただ、昔の作品は売れていたので、単純に知り合いが少なかったのだと考えられます。思えばあの人もあの人もいらっしゃってなかったようで……(そのわりに幽明君のブースだけは人であふれていましたがなんだろうあれは人徳なのか)

今回は娘がつくったレジンアクセサリーを置いてみました。ほんとうは僕が俳句を印刷してそれをアクセサリーに仕立てるというコンセプトだったんですが、思ったより作品がつくれず、俳句アクセサリーは2つだけ。あとは単なるレジンアクセサリーになってました。それでもレジンだけ見て買って下さった方がいたり、娘も喜んでいました。

ひさしぶりに購入もした気がします。「俳句と超短編」。前回の新刊を買いそびれていましたのであわせて購入、次でいったん休止と言うことなので、最後くらいは投句したい。リレー作品がなんと堀本さん経由で田丸さんさんまで到達していてびびる。おとなりに出店していた、関悦史さんと佐藤文香さんの冊子「翻車魚」も購入。表紙がめっちゃいい。俳句つながりと言えば、昔からよくお話しさせて頂いている、佐藤りえさんが第一句集をだされたとのことで、購入しました「景色」。あらためて感想は書きますが、これは非常に良かった。

あとは、キセンくんの作品集(ハードカバー)を購入。真っ赤な表紙に白いラインが映えます。内容はあちこちで読んでいるものも多いですが、さすがに安定しています。

盛林堂さんの新刊は大阪圭吉未収録作品集とのことでこれは買わねばと思っていたら、なんと頂いてしまいました。盛林堂さんに足を向けて寝られません。大阪圭吉クラスですら、作品の存在のみが分かっていて雑誌が発掘できてない者がたくさんあるのだそうです。「さがしてきてくださいー」ってめっちゃ軽いノリでお願いされましたが、こわいおじさんが寄ってたかって探していまだに見つからない雑誌を見つけられるわけがない。恐ろしい世界だ。

次回はタカスギシンタロが京都に出店する予定です。

なにか目新しいものが作れたら良いんですが……期待せずにお待ちください。