がくしだったりマイクロだったりすぎもとだったりするひとのメモとか。

板谷敏彦『日本人のための第一次世界大戦史」(毎日新聞出版)

世界史とか日本史とか、とにかく歴史が苦手なんです。時系列を記憶しておくのが苦手で、人物も多いし、因果関係がすぐにわからなくなってしまうんですね。じゃあ嫌いかというとそういうわけでもありません、歴史というのは因果の連鎖、断片的に知っていることが有機的に繋がって見えるのは歴史ならでは面白さだ、というのはよくわかります。わかるんですが、まあ、苦手意識が先に立ってほとんど書籍も手にとることはありません。

だからなんで本書を手に取ったのかはじぶんでもよくわかりません。評判が良いというのは聞いてましたが、ぼくがそれだけで馴染みのないこのテーマの本を手にとるはずもなく……とにかくよくわからないんですが、なんか惹かれたんでしょう。そしてその予感は正しかった。めちゃくちゃ面白かったですね。

この面白さの一端にはぼくにそのあたりの世界史の知識が殆ど無いというのもありそうです。知っている人なら「はいはい、確かそうでしたよね」ですむ史実のほとんどが「へえ、そんなことが!」っていちいち感心しますから、そんなことをしてたらそりゃ面白いに決まってますね。

この本は、世界がどうやって戦争に突入していったかをいろんな視点でひもときます。第1・2章あたりではまだ戦争の話になっていません。戦争が起こりうる下地としての技術革新について丁寧に書いてあります。蒸気船・鉄道網・通信網のような物理インフラ、金融、徴兵制などの社会的なインフラの双方が書いてあります。もちろん戦争に直結する銃器や戦艦などについてもその変遷が丁寧にかかれており、インフラとして成熟してきてしまったことが戦争が戦争たりたことに大きな影響を与えていたのがわかります。たとえば船で言えば、帆船から蒸気船へ、そして外輪がスクリューに、外装も木製から鉄製になったことで戦艦としての下地が整ってきたことがわかります。

鉄道網の話も面白かったですね。国と国との戦争では補給が重要ですが、攻め込む側が鉄道網による補給路を確保できるのは自国の境界まで。その先はインフラの整備と侵略を同時にこなさないとどんどん補給が難しくなってくるため、防御側が圧倒的に有利とのこと。兵站という概念は冒頭で言及された後、戦時中の戦況を左右するあちこちの場で言及されてきます。

続いて第0時世界大戦ともいわれている日露戦争がとりあげられます。先に書かれた鉄道網や戦艦の歴史がここに因果となってたちあわれれているのがよくわかります。そしてこのアジアの戦争がそこにとどまらず、欧米の緊張感への影響を与える役目をしたことが書かれています。じっさい、お話として読んでも、後半でたくさんでてくる第一次世界大戦での作戦の練習問題のように見えてきます。

産業革命での技術革新の紹介を経て、第一次世界大戦がいよいよ始まってしまいます。第31話として書かれているところが面白い。われわれ、未来の人間からするとまるで戦争は起きるべくして起きたかのようにも見えます。本書でも下地となる産業の発展と、各国の思惑が描かれていてそうであるかのように読めてしまうのですが、実際、それはあとから俯瞰してみたから言えることで、その時代に生きている人からすると戦争というのは以外にも非現実的な存在だったようで、そんな戦争など起きるはずがないという幻想の中にとらわれていたといいます。これは現代にも通じる恐ろしい幻想にも思えます。

いよいよ戦争が始まると、各地の争いや戦況など、どこをとってもドラマが有って面白いですね(これはもう過ぎ去って変えようがない歴史を、上から見下ろしているこそ面白いといえるのですが)

ボードゲームなどで戦争をテーマにして複雑なメカニクスを採用しているのもよくわかります。まるでゲームです。少人数の精鋭部隊で勝利を収めた戦い(ロシアの大敗したタンネンベルクの戦い)、パリに迫る快進撃をタクシーを駆使して退けた戦い(マルヌの奇跡)、戦争が長引く中で赤痢が蔓延し、御しやすいと思われていたオスマン帝国に苦戦したイギリス軍の戦い(ガリポリの戦い)砲撃によって掘り返された地面に雨が流れ込み、泥沼の戦いの中四人に一人が溺死で死んだと言われながら、攻撃をやめようとしなかったイギリス軍部による戦い(パッシェンデールの戦い)、戦争も末期になってドイツ軍が行った大量の作戦たち……、戦争は人が簡単に死にます。歴史を振り返って記述されてしまうとさらにその死は軽いです。

ドイツの潜水艦Uボートが、イギリスの商船を襲撃して兵糧攻めに成功しつつあったところ、イギリスが護送船団方式をとるようになって撃沈される商船の数が激減し、難を逃れたというエピソードも面白かったですね。護送船団方式ってようするに商船を戦艦で守るだけですが、これが大きな効果を発揮し、イギリスは危機を脱しました。実際のところ戦艦の数も不足していたため海軍はこの方式に反対していました、それを当時の首相が反対派を押し切って採用したと書かれています。ここで反対派が買っていたらまた歴史は変わっていたのではないでしょうか。地上戦で押しきれず疲弊しつつあったドイツがイギリスを物資不足で降伏させる直前までいっていたというのは驚きでした。

第一次世界大戦はヨーロッパが中心の戦争でしたが、日本も連合軍として参戦しており、ときどき登場しますが、不思議な立ち位置だったんだなというのもわかりました。日本は日本で中国での覇権を狙ってそれはそれで思惑があり、かねてより交流もあって好感も持っていたはずのドイツに宣戦布告することになってるんですね。さらに、中国での大義なき戦い(青島)や大義のないシベリア出兵など、なんだかいまから見るとだいぶひどい立ち回りをしていたように見えます。しかしこれもまた後知恵の評価なのかもしれません。地中海での補給活動が高く評価されてていたというのはなんというか、それもまた後付けで見れば日本らしくも思えます。

歴史は続いていくというのもあたりまえのことですがつい忘れがちです。第一世界大戦はそれだけで完結してパッケージ化された歴史ではないのです。各地に後世の火種を残していました。ドイツは敗戦国になりましたが、国内では終戦間近に現れた政治家のせいで敗戦した(「背後からのナイフ」伝説と呼ぶらしい)のであって、軍部には問題はなかったという世論をつくることに成功してしまっており、これが第二次世界単線への火種となっていたようです。ドイツが降伏した際、パリの郊外に停車した、鉄道の食堂車で調停をおこなったそうですが、ヒトラーはこの時の屈辱を忘れておらず、第二次世界大戦でフランスを降伏させた際に、わざわざおなじ食堂車を探し出してきて調整を行ったといいます。

とまあ、いちいち引用しているときりがありません。書かれているエピソードはどれも面白いんですが、ただ単に史実を紹介しているから面白いというわけではなさそうです。それぞれの戦いごとになぜその戦いに突入することになったのか、上に立つ人間の性格にもよりますし、その瞬間に各国がどういう状態に置かれていたのか、地勢というのもありますし、戦いに至る因果関係が丁寧に書かれているからこそ説得力があるのですね。著者は学者じゃないそうで、それでここまで広く視点を持ったものが書けてしまうとはすごい(もしかしたらそのぶん、史実の解釈などに間違ってる部分があるのかも、という不安はちょっとありますが)です。たまーに常体と敬体がまざっちゃうのはご愛敬。編集さんもう少し頑張ってほしかった。図面もそれなりに豊富ですが、図表に関してはもっと補うこともできたのでは? そのへん書籍化時に足してほしかったなあ、とはちょっと思いました。

とまあ、いろいろ記憶に残ったところをメモ的に書いてきましたが、記憶違いもあるかと思いますので興味を持たれた方は本文をご参照ください。それにしても、ふだん読まないジャンルの本をたまに読むのは刺激があってとってもよろしかったです。参考文献で引用されている中にも面白そうな本があるので見つけたら読んでみたいなと思います。