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がくしだったりマイクロだったりすぎもとだったりするひとのメモとか。

映画『名探偵コナン 純黒の悪夢(ナイトメア)』

感想 映画 ミステリ

娘が謎解きイベントだとしたら、息子はというと、さいきん名探偵コナンにハマっているのです。映画館で『名探偵コナン 純黒の悪夢(ナイトメア)』を見てきました。ぼく自身はコミックを数十巻目まで読んだくらいで、最初のほうに明らかになっている情報以外はまったく知らない状態での鑑賞です。コナンの劇場版は、昔から評判が良いので(たしか何かひとつ見たことがあるような記憶がありますが)けっこう楽しみでした。

結論から申しますと、たいへん面白かったです。息子はコナンをミステリーというよりも、アクションアニメとして見ているフシがあるんですが、この作品はアクション映画として素晴らしいですね。映画を見終わってから、過去の作品のレビューなどをネットで見ていましたが、劇場版はかなりアクション色が強い作品が多いようですね(ミステリー色の強い回もあるようですが)。ぼくがいいなと思ったのは、ちゃんとアクションの見せ場に物語構成上の意味づけがなされているところなんですよね。主人公のコナンくんは当然として、超人キャラクターが何人か出てきますが、それらがそれぞれに見せ場があって、カッコイイと思わせる展開になっているのです。目暮警部匹いる警察の面々もそうだし、少年探偵団のメンバーたちも、そのキャラクター性から生じた行動をしているだけなのに、ちゃんと全体のプロットの中で外せない役割を果たしているところがあり、感心しきりでした。

息子はあまりよく分かってなかったんですが、言葉で敢えて説明しないところがたくさんあって、大人であれば「ああ、あれはそういう伏線なのか」と分かるシーンがあったりするのも、過剰に説明臭くなってテンポが悪くなることとの天秤にかけてこの演出をしたのでしょう。この作品は名探偵コナンシリーズが積み上げてきたキャラクターありきの作品なので、いまのアニメとしての提示のされ方がベストであるということは言えると思うのですが、これくらいの出来であれば、ハリウッドで実写化のオファーとかあってもおかしくないのでは?(まあ、日本アニメのハリウッド実写アニメ化なんて、どう考えてもキャラクター映画として大失敗の未来しか見えませんが、アクション部分は忠実に再現すれば迫力でそうです)

見慣れていなかったので、超人が多すぎることに最初は面食らいましたが、冒頭のアクションシーンが終わった当たりで「ああこれは、お約束として受け入れるべき世界感だろう」というのがすぐ分かるのでふだんコナンを見慣れていないぼくにとってもまったく問題ありませんでした。超人同士が闘うバトルアクション映画の名作としても十分闘える作品だと思います。

いやー、褒め言葉しか出てこないくらい良かったですよ。

以下ネタバラシつつ。

FBI捜査官赤井秀一とバーボンこと安室透のいさかいから、二人の協力により観覧車を止めるところでそれぞれの能力を発揮するところとか(ちゃんとコナン君のサッカーボールもそのあと使われましたよね)。子供たちを観覧車に乗せる流れを作ってサスペンスを盛り上げつつ、その場所に毛利蘭がいあわせることで、新一とのすれちがいも描き、さらにいえば、観覧車の転がる先に蘭を配置する、という展開。このキャラクターの配置も実に自然で、動きに全く無駄もないし、キャラクターとしての行動原理としてみてもほとんど違和感がありません。

キュラソーが驚異的な記憶力を持ち、それ自体が記憶媒体となっているという能力も、オセロの盤面を完全再現するところで再度描かれていますが、子供たちは再現していることを検知できないわけでこのシーンではそのことに明示的には誰も触れません。誰も触れませんが見ている側の人間には完全に伝わる演出になっています。ここも子供たちとの交流を描きつつ、組織のいさかいやこういった伏線をきちんと張っていて、シーンとしての無駄も全くありませんね。

テーマとしての「色」もしっかり全体のプロットに係わってきており、色づけのないマスコットが効いています(メインストーリーに影響がないように最後に死んでしまうのは仕方ない)ラストシーンで黒焦げになったマスコットを見た公安が記憶媒体だと誤解するシーンも見事。公安があれをみて媒体を想像するというのは実に自然で、それをうけて、コナンが返す台詞も見事に嵌まっています。下手に言わせれば、取って付けたという感じがしてしまうシーンでしょう。