がくしだったりマイクロだったりすぎもとだったりするひとのメモとか。

カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』(ハヤカワepi文庫)

ノーベル賞作家、カズオ・イシグロの作品です。先日読んだ『合成生物学の衝撃』で本作が印象的に引用されているので手に取ったもの。カズオ・イシグロ自体はずっと気になる作家ではありましたが、これまで読んでいなかったので、ちょうどいい機会だなと思いこのつながりに乗っかってみたわけです。

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

「介護人」を名乗るキャシーの一人称視点での語りによって物語は綴られます。ヘールシャムと呼ばれる片田舎での少女時代のことであり、そこにはある歪みがあることが次第にわかってきます。このお話はミステリとSFの題材を用いてはいますが、ミステリーとしてもSFとしても描かれてはいません。たとえば、SF的なギミックにつながる語り手のかかえる謎は、比較的はじめのほうで明かされますが、大したイベントとしては書かれていません。その後も、ともすれば派手な展開ができそうな題材なのに、抑えたトーンで描かれるのは、ただ語り手を取り巻く小さな世界のみ。個性的な仲間たちとの日常や謎めいた婦人マダムとの邂逅などイベントはたくさんありながら、どれもが大きな展開に至ることを避けているかのような抑えた筆致で徹底しているのです。それでいて読み終えたあとの重量感がすごい。読み終えても、本書のすごみというのはなかなか切り出して抽出しづらいものだなあと感じます。

印象に残っているのは、座礁した船を見るため、語り手たちが車を借りて出かけるシーンです。私たちはそれぞれがそれぞれに生まれ落ちて何かを目的とするわけでもなく、日々をすごしていきます。何事もない、というわけでもない。しかし、世界を揺るがすほどの大事件でもない。しかし、そのささやかな事件は謎に包まれている。船はどこから来てどうやってここで座礁したのか。全くわかりません。語り手たちはこの船を見ることができた、ということで何かの安らぎを得ています。わたしにわたしをつなぎとめているのは、座礁した船の錨のような存在なのかもしれません。

Nintendo Online 有料化が来ましたよ

以前、息子はずっとスプラトゥーンをやってるという話を書いたと思うんですが、最近は娘もやってまして、プレイスキルは息子に叶うべくもないのですがナワバリで見知らぬ人とフレンドになって楽しんでるようです。

ずっといつか有料化するよ、と言ってたオンライン有料化がここにきて9/19スタートということになったようですね。

www.nintendo.co.jp

なんだか思ったよりややこしいぞ。

うちの場合は現在3アカウントで、ぼくがこどもアカウント2つを見守り対象にしてます。ファミリープランに入れば、まずこの3人はオンライン対応できると(自動的に入ると書いてある)

あと5アカウント余ってるんですが、読むと「別のSwichのアカウントでもよい」とあるし、つまるところ、これって他人のアカウントでもぶら下げられるってことですよね。スプラ友達と話をしてましてここに友人をぶら下げてしまうのはどうかと思ったわけですが……。年間4500円ってもともとぜんぜん高くないんですが、8人で割ったほうがさらに安くなりますし。うちはもとからファミリープランにするつもりであったので別にいいとして、こんなふうに友人同士でファミリーアカウントを構成しちゃうケースめっちゃ多そうですが、ほんとに想定してる使い方なんでしょうか……どうでもいいか。

そしてこれは8人までぼっちプレイヤーをマッチングさせてマージンの金をとるビジネスが……(無理か?)

須田桃子『合成生物学の衝撃』(文藝春秋)

毎日新聞の科学環境部の記者である著者が、「合成生物学」をとりまく状況を丁寧に取材した本。これはめちゃくちゃ面白かったですね。題材が面白いのもありますが、作者のジャーナリストとしての取材の進め方がおもしろく、最先端の技術を紹介しているだけでなく、その学問を通じて科学者たちがどんなことを考えてどんなスタンスでいるかがあぶりだされているところが素晴らしい。文章も過剰に情緒的ではなく、かといって淡々と事実を記載しているわけではありません。著者が一ジャーナリストとして対象に対峙していることが常に意識されていて、非常にうまい書き手だと思いましたね。

合成生物学の衝撃

合成生物学の衝撃

合成生物学とはその名の通り、生物を合成によって作る試みです。我々生物はDNAという情報の乗り物を持っています。これを設計図や実行手順書として生命活動を行っています。このDNAはわずか四つのタンパク質の連なりによって膨大な機能を作り出していますが、これを人工的に組み合わせることによって既存の生物に新たな機能を持たせたり、究極的には新たな生物を生み出すことができます。この分野を合成生物学と呼ぶそうです。ヒトの遺伝子情報を読み取るプロジェクトというのはよく話題に上っていてぼくも知っていましたが、「読む」のではなく「書く」ほうの科学がどうなっているのか、追ってみたことはありませんでした。本書を読んで、もうここまできてるのかーという印象でした。本書の表紙になっているミニマル・セルとよばれる「生命活動を行う最小のDNA群によってつくられた人工生命」だそうです。

遺伝子工学がほとんど情報工学となっているのはなんとなく知っていましたが、本書を読むと思った以上でした。科学者たちはいろんな方法でDNAをハッキングしています。もはや前任者が書いてブラックボックス化した膨大なコンピュータプログラムをデバッグしているのとなにもかわらないきがします。ある塩基対を殺したらどういう影響が出るのかなんてことを普通にやってます。

ところで、生物を合成する、という書き方をすると、けっこうぎょっとしてしまうと思うのですが、この感情の中には「生き物を作り出してしまう」ことにたいするタブーに触れている気持ちがあることは否めませんし、多くの人がそこに何らかの感情をもっているとおもいます。もっといえば、倫理的に問題が発生するんじゃないかと思う人も多いでしょう。作者は科学の最先端を追う中で、その問題にもちゃんと触れています。びっくりしたのはジョージ・チャーチという科学者へのインタビューです。著者はヒトゲノム合成計画に携わっているこの一人者が、倫理というのものものすごく軽くとらえているような言質を引き出しています。

科学的な部分よりも政治的な部分の話といえば、「生物化学の軍事利用」についても紙面の多くを割いています。「DNAを改竄する機能を持つDNA」を組み込むことで、種の中に特定のDNAをかなりのスピードで伝播させることができる「遺伝子ドライブ」という技術は、マラリアなどの病原菌を媒介する蚊の撲滅などにも期待されていますが、いっぽうで生物兵器として人を苦しめる使い方も可能でしょう。これについて、旧ソ連で研究を行っていた人物のインタビューからはじまって、アメリカの軍部の息のかかったDARAPがこの分野に投資しまくっていることについて、DARAP社そのものにもインタビューをしているし、そこに関わる関わらないことを決めた科学者たちにも気持ちを聞いているところが興味深いですね。科学者のなかでも意見が割れていて、軍事利用の可能性があるからやめる科学者もいれば、そもそも研究のためにはある程度は仕方ないと考える若手もいます。軍事利用してますとは絶対に言わないわけで、難しい話なのはよく分かります。

このジャンルはどう考えても以前の遺伝学の延長にあるわけで、遺伝子工学について触れさえすれば想像できてしかるべきだったのに、今更知ったというのも恥ずかしい話ですが、ちゃんと話題を追っていきたいところです。あー、面白かった。あと、この分野を追っていくかどうかはわかりませんが、この著者の今後の著作にも期待したいですね。