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がくしだったりマイクロだったりすぎもとだったりするひとのメモとか。

人付き合いが苦手な人好きは何かを主催すべし

この記事が人気ですね。

omocoro.jp

人付き合いに悩むことが多いぼくにとって共感するところもおおいけど、え、行動は同じだけどその原理の説明が微妙にちがうぞ? ってところもけっこうあるから亜種がいっぱいいるジャンルだと思うんですよね。マジレス感ありますがちょっとコメントを残しておきたい。

07:趣味も一人でできるもの限定

これはちがうんだよなあ。ぼくは、人付き合いは苦手ですけど人は好きなので、Ingressやったりドラクエ10(MMO)やったり、人狼会やったりしてるんですよね。ってこの方も「31:人が苦手なんじゃなくて、人“付き合い”が苦手」って書いてるな。だから似たところにいるとは思うんですけど、ちょっとちがうよね。

人狼会で言えば、自分が主催しちゃうと自分を特異点に置けるんで、人付き合いはじつはあまりしなくてもよくけっこう気楽なんですよ。こっちは交流よりももてなしていればよくて、交流は参加者同士でどんどんしちゃってください、が出来る。そして人とは関われるのでいろんな人を見ることができる。人付き合いが苦手だが人が好きな人はそういうスタンスはおすすめですよ。

14:電話が苦手

確かに電話は苦手だけど理由は「顔が見えないのに、リアルタイムで声と息だけ聞こえてくる」からじゃないなあ。電話は相手の都合を無視して相手の生活に割り込むのがいやだから苦手なんですよね。だからかかってくるのはべつにいいんだよなあ。

16:「どうしたの?」「悩みでもあるの?」ってなる

こんなこと言われたことないぞ! いいですね!

20:人と一緒に居すぎた日はバランスをとるために深夜の公園に行ったりする

これはそのとおりなんですが、それで思い立ったのは、Ingressというゲームを低空飛行ながら続けられているのもこの行動原理があると思うんですよね。ひとりで見知らぬ街をさまようことの正当化として Ingress というゲームは非常に役に立っています。

31:人が苦手なんじゃなくて、人“付き合い”が苦手

さっきも書いたけど、これ自体はその通りなんだけど、次のセンテンスが違うんです。「見知らぬ人に話しかけるのは全然平気。なぜなら嫌われても困らないから」とありますが、「嫌われても困らない→平気」という思考は持ったことがないな。「会話をうすっぺらく終わらせても問題が無い」から知らない人に話しかけるのはありだなと思うことは多いですね。

32:見知った人になった途端、突然苦手になる(嫌われたら今後の生活で困ったことになると思ってしまう)

どうもこのライターさんは「嫌われる」ことがキーワードなんだなー。ちょっと違うなあ。顔見知りになったら「顔見知りの会話」をしなければいけないような気がしてそれが苦手で敬遠しちゃうんです。嫌われるかどうかってのが関係することもあるとは思ってますが、それはもうちょっと先の話だなあ。

35:人に踏み込めない

「自分が踏み込まれたくないから親切心で踏み込まない」とあるけどこれもちがうなあ。ぼくは自分は踏み込まれても平気です。(ただ「せっかく踏み込んでくれてもたいしたことが無いので申し訳ない」と思うことはある)。そして踏み込まないのは「踏み込んでうっかり失礼なことをしたら気まずいから」ですね。嫌われたら、と近いところもあるけど嫌われるという以前の気まずい空気がどうしても苦手で予防的に逃げてしまうんですね。

41:美容院の会話とか意味が分からない

おや、この方は知らない人との会話は平気じゃなかったのかな。ぼくは嫌いじゃないですよ。美容院の会話ってほんとゆきずりでどうでもいいし、後腐れも無いし、むしろありがたいんですけどね。無言でやられるとむしろこっちが何か悪いことしちゃったんじゃ無いかって思いませんかね。

……とまあ、同じ「人付き合いが苦手」でも行動原理がちょっと違うところがけっこうあるなと言う印象です。この方は「嫌われる」を避けるために苦手になっているんだけど、ぼくは「場が気まずい状態になる」ことを避けようとしている。非常に似てはいるけどその結果できることに差がでてきていますね。この記事は多くの人の共感を呼んでいて、人付き合いが得意という人のほうがむしろ少数派だとは思うのですが、その理由を見るのも楽しそう。みんな記事にしてくれて良いんですよ?

ねこがきた

ずっと上の娘の念願だった猫を、今年から飼うことにしました。

保護猫をあつめて猫カフェをやっている店がありまして、そこで選んだ猫をまずはトライアルという形でまずは家にやってきまして、しばらく経って問題なさそうと言うことで正式に引き取りが確定したのです。

まあ、想像はされていましたが、非常に良い。産まれて6ヶ月ほど子猫ですが、けっこうおおきいです。あまりいたずらは激しくないですがよく遊びよく寝ます。上の娘はかいがいしく世話をしておりまして、いまのところちゃんと世話をするというありがちな約束は守られているようですよ。

世界というのは大きく猫写真を投稿する人間とそうじゃない人間にきれいに別れると言われておりますが、ついに投稿する側の人間になってしまったようです。あしからず。

不惑詐欺

耳目を集めるために詐欺という強い言葉を使ってみましたが、ほんとうに詐欺だと断罪したいわけではないことを予め書いておきます。で、なにごとかといいますとですね、今日は誕生日ということになっております。

なので、ちょっと40歳になってみましたが、特に何も変わらないのです。ああ、これは意味がないやと思って元の30代に戻ろうとしたら、なんと40歳というのは返品不可だそうです

うーん、確かによく確認しなかったぼくも良くないとは思うのですが、ひとことあっても良いんじゃないですか。軽い気持ちでなれるもんだからまさか元に戻れないとは思いませんよね。いや、ほんと、繰り返しますが知識も確認も無かったぼくがけっして無罪ってことはさすがに無いのは分かってるんです。ただ、ただですよ。ぼくが無罪なのと、説明なしで良いかって話は本来別物でして、ぼくが不注意の罪で裁かれてなんなら島流しにあったとしてもですよ、説明なしの件は別途審議を要する案件だと思うわけです。

まあ誕生日だってことなんで、それで説明は済んだということみたいです。そこまで言われてしまうとそんなものかな、と思えてしま……いや、それを認めてしまうとぼくの罪と返品不可の問題が関連してることになってしまうので流石にまずい。そこに対しては、一件納得しかけてしまうがよくよく考えてみると何も関係が無いでは無いか、といっておかざるを得ません。

あのですね、Facebookとかでは誕生日が勝手に祝われる仕組みになっておりまして、そんなの嫌なら登録しなきゃ良いだろうという正論もありますけど別に嫌というわけではなくて、この機会に久しぶりに声をかけてくださる方も多く、たいへんありがたいと思っておりますが、それはそれとして、友人の路線図好きライター井上マサキがはからずとも揺さぶってきたこととして、本当に誕生日なのかというのは確かににあるわけです。誕生日なんてあるのかな?

だって覚えてないですから。

ぽっかりと穴が空いたように覚えてないんですよ。まったくですよまったく。そんなことってあります? 確かにぼくは忘れっぽいですが、昨日、カレーを食べたことくらいは覚えてますよ。でも、産まれたときのことはなにも。それどころか考えるとなんだかぼんやりしてしまって、不安な気持ちになるわけです。なんらかの邪悪な意志すら感じます。これはやばいのではないか。

産まれたのかな?

ほんとに?

もう産まれてた?

いや、じつはまだって可能性もあるんじゃ?

そうなると不惑返品の話もおのずとこちらに有利になってくるわけですよね。

なんとか、なりませんかねえ?